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2015年11月2日月曜日
2015年9月24日木曜日
ムエタイ~ムエタイの神編~
日本人の多くは、ムエタイは知っているけどブアカーオしか知らないという方が多いと思います!
そこで今回はタイ人なら誰でも知ってる。
ムエタイの神と呼ばれるนายขนมต้ม(ナーイカノムトム)について話していきたいと思います。
私が初めてナーイカノムトムの名前を聞いたのは、ムエタイジムに行った時です。
ボクシングを習ってた影響でタイに行った際には、勉強の合間を縫ってムエタイジムに何度か足を運びました。
そこの選手に尊敬する人物は?
と聞いたら日本のK-1で有名なブアカーオの名前を抜いて、ナーイカノムトムの名前が一番上がりました。
日本では認知されていないナーイカノムトムですが、タイでは小学生の教育で彼の名前が出てくるほど有名で少年時代のブアカーオが彼に憧れムエタイを始めたらしいです。
簡単に彼の生い立ちを説明すると、弱虫だった彼はミャンマー軍に家族を皆殺しにされ、復讐の為に、ムエタイを磨きました!
その後のタイ対ビルマの戦争時、ビルマのゲリラ戦で敗北したタイは国民全員をミャンマーに拘束されました!
戦争に勝ったミャンマー王はタイを見下していた為、「タイの戦士が素手でミャンマーの10人兵に勝つことが出来れば自由の身にする」と約束し、ナーイカノムトムはその勝負を受け、ムエタイを駆使し見事10人に勝ち抜きました。
ビルマ王を驚かせた彼は、妻となる女性を授けると言われたが、彼はビルマ王に残ったタイ人の開放を命じました!
強いだけじゃなく、強靭な正義の心を持った戦士ですね。
その後に彼はムエタイの神様と讃えられミャンマーのヤンゴンにナーイカノムトム像が建てられ、毎年3月17日をムエタイの日とし、多くの人に讃えられています。
また時代は変わりますがパヤピチャイダップハックと呼ばれる選手も有名です!
彼はムエタイの腕はもちろんのこと、それ以上に二刀流の使い手として有名でした!
名前の由来は刀が壊れるほどの人を切ったという意味です。
後に彼の王が捕まり、王に忠誠を誓っていた彼は「敵に思うようにされるくらいなら自殺する!」と言い残し、自ら自殺しました。
日本の侍の心のような人物ですね。
日本人がなかなか知らないムエタイの歴史面白かったでしょうか?
私の記事からムエタイに興味を持つ人が現れたら嬉しいです!
2015年9月7日月曜日
ムエタイ~紹介編~
タイに滞在中にムエタイを見る機会がありました!
元々格闘技をかじっていた影響と直に現場を見る事でとその気迫や技術に魅了され、そこからムエタイの歴史について調べました。
そこで今回はムエタイについて書きたいと思います。
タイの代名詞とも言われるムエタイは、今や日本でも知らない人はいないと言われている程有名です!
その動きは美しく、タイのスポーツとしてだけではなく、タイの美術としても評価され、タイ人の生活に深く関係していました!
タイの国技であるムエタイは、時代を経て、ラムマットヌアイと呼ばれ、後にパフユッと呼ばれ、現代のムエタイが成り立ちました!
日本で野口修がムエタイを題材として研究し、キックボクシングを日本に広めました。
その後に、ムエタイや空手などを元に石井和義がK-1を作りました。
ムエタイは、このように今日の日本の格闘技界に大きく影響を残し、現代の日本の格闘技界を作ったと言ってもいいでしょう!
ムエタイ誕生の理由は、昔、他国(ミャンマー)の侵略から自国を守るためにいわば、防衛術として生まれました!
その後に、タイはムエタイを駆使してミャンマーとの戦争に勝ったことから、ムエタイという格闘技は広まっていきました!
そして、それぞれの地域にあったムエタイが生まれ、様々なムエタイが合わさり現代の「ムエタイ」に進化しました。
ムエタイはタイのスコータイ時代(西暦約1300年)から生まれ、当時のタイ男子は義務としてムエタイを学んでいました。
ムエタイはタイ男子を強くし、タイ国を守る為に存在していました!
また、ムエタイは、ただのスポーツではなく、ワイクルー(師に感謝を捧げる踊り)と呼ばれる踊りを踊ったり、神聖な道具を装備したりして試合を行います。
その為、歴史が深く、現代もその精神は変わらず受け継がれています。
タイに行ったら是非ムエタイを見てください。
日本では味わえない興奮と感動があります!
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